素早く靴を履いて、来たばかりだった部室を後にする。このタイミングで出て行ったら、大神の口から色々と明らかになるのは避けられねえな。ま、知られた所でどうにかなるわけでも無いけど。そんなことよりも、今は優先すべきことが他にあった。体格の割に歩くのが早いアイツの姿は、当然ながら既に見えない。校門を出るまでに捕まえるとすると、バイク取りに行ってる暇は無いか。咄嗟にそう判断すると、鞄を肩に掛け直して俺は走り出した。
「待てよっ!」
追い付いたのは校門への直線コースに入った所だった。いつも以上に歩くのが早いのは、態となのか無意識なのか。掴んだ腕を振り払われなかった所からすると後者なんだろう。
「なんで追い掛けて来たの?」
「なんでって、用があったんだろ?」
「用って程じゃないって言ったでしょ。わざわざ走って来なくても良かったのに、ご苦労様」
「お前が『別に』って言う時は十中八九、何かあるんだよ」
「じゃあ今回は残りの一割の場合ね」
指摘されたくらいで素直に認めるとは端から思っていない。妙な所で頑固な所は昔からだし。こうなったら、こっちが正解を言い当てるまでコイツは首を縦には振らない。
「ねぇ、帰りたいんだけど」
「却下。俺を探してた理由話すって言うなら帰っても良いけどな」
「一体何にそんな拘ってるわけ? 私は何でも無いって言ってるじゃない」
確かに、気にするなと繰り返されてはいる。だからこのままにしておいても問題は無いんだろう。表面上は。その言葉を信じて大丈夫だと思っていたら、物凄く面倒なことになったことがあるのを俺は忘れてはいない。あれ以来、コイツの『別に』は信じないことにしてる。あの時はかなり特殊だったってことも分かってるけど、用心に越したことは無い。それくらい洒落にならない事態だったってことだ。
小さい頃から愛想尽かすことなくずっと俺と一緒に居られるような奴だから、はかなり寛容な性格をしている。今日みたいなことも滅多に起こらない。だからってわけでもないが、こういった時の対応に困るのは毎度のことだった。俺は人の気持ちを思い遣って心配する、なんて柄の人間じゃない。例え相手が15年近く一緒に居る幼馴染であってもだ。そして、結局いつも通りのことを繰り返してる。他の方法なんて知らねぇし。
「だから! お前放っておくと、とんでもないことやらかすだろ!? 俺はあんな思いすんのはもうこりごりなんだよ!」
「な、爆弾作って遊んでるような奴にとんでもないことなんて言われたくないんだけど!」
「こっちは軽く引き擦ってんだよ! 話題にされたくなかったらとっとと素直になりやがれ!」
「それも言われたくない! アンタのがよっぽど素直じゃないくせに!」
「うるせえ! とにかく、話すまで帰す気は無い!」
呼び止めた時から掴んだままだったの腕を引っ張りながら、正門とは逆方向に進む。長期戦になるなら立ち話は疲れるだけだ。
「ちょっと、何処連れてくのよ!」
「お前の声がでかいから、あんなとこで話してたら目立つんだよ!」
「事あるごとに曽我部教授と鬼ごっこ繰り広げてるようなアンタが今更そんなこと気にするとは思えないんだけど?」
「バーカ。俺だっていつもなら気にしないっての」
「何よ……私と居るのを見られるのがそんなに嫌って言うこと?」
「そうは言ってねぇだろ!?」
俺も有名人だが、コイツも成南では同じくらい知られてる。揃っているだけでも人目を集めんのに、更にその二人が言い争ってるとくれば、明日には『上野とが痴話喧嘩してた』という噂が広まること間違い無し。そんなことになったら周りから散々ネタにされるのは目に見えてる。それでまた、と面倒なことになるのだけはお断りだ。
言葉が足りてないのは分かっているが、素直じゃないのはお互い様だしな。自分に言い訳をしながら、そのまま無言で腕を引いて歩き続けた。駐輪場に着くと一直線に自分のバイクの元まで行き、予備のヘルメットを取り出す。
「ほら」
「え、意味分かんないんだけど」
「はぁ? お前ノーヘルでバイク乗るつもりかよ」
「そうじゃなくて、何がどうなってこうなってるわけ?」
「大学だと何処に居ても目立つ。ついでにお前は一向に話す気がないみたいなので、飯食いがてら酔わせて吐かすことにした」
これでもまだ『帰る』と主張するようなら、『家まで送る』からと乗せてそのまま店に行くつもりだった。その程度のことなら多少の文句は言ってもは怒らない。俺の自分勝手な行動に振り回されるのは今に始まったことじゃないから、曰く慣れ切ってるらしい。それにしても反応が無い。違和感を覚えて顔を上げると、色んな感情がないまぜになったような微妙な表情をは浮かべていた。
「どうしたんだよ?」
「偶然だってことが分かるから、尚のこと納得がいかない」
「何が? はっきり言わないと分かんねぇぞ」
「アンタの行動に一喜一憂させられる自分の身を嘆いてるの」
あぁもう本当なんでコイツは……。と呟く様子からすると、どうやら知らない間に俺は核心に触れていたらしい。自分の気持ちを分かった上で言い当てられたなら素直に認められるが、偶然だったことが気に食わない。大方そんなところか。
「で、飯はどうすんの。行くのか行かないのか、どっちだ?」
「行く、けど……もう少し他に言うことないの?」
「だってお前、機嫌直ったんだろ? だったらそれで良いじゃん。まぁ、聞いて欲しいって言うなら聞いてやるけど?」
「もういい。アンタに期待した私が馬鹿だった」
そう言って溜息を吐くと、はヘルメットを被って後ろに乗り込んできた。コイツが何を期待してるか分からないわけじゃない。だからと言って、それをそのまま口に出すかどうかは別問題だった。それにどうせも素直になりはしないことを考えると、真面目に言うなんて選択肢は無い。とすれば、残るのは一つだった。タイミングは一度きり、バイクを発進させる直前。
「。飯くらい、いつでも一緒に食いに行ってやるから」
あそこまで反応されたら推測なんていくらでも立つ、正解を導くなんて簡単なことだ。それなのにコイツは隠してるつもりなんだからどうしようもない。どうせバレるんだから声に出して言えば良いのにな。それに対してが何か言おうとしたが、そんなことはお構いなしに俺はバイクを発進させる。そうなればは落とされないよう俺にしがみつくしかない。要は言い逃げだ。一番無難にして安全な策。店に着いたらまた何か言われるんだろうけど、それはその時考えればいい。
(今日のご飯代、直也の奢りね)
(はぁ!? ちょっと待て、聞いてねーぞ!)
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