「佳主馬、何か最近楽しそうだよね」
「は?」
中学校に進学し、季節はもう秋。
流石にもう慣れたし、今日も変わらずそれなりに退屈な授業が終わったと思うだけだった。
部活には入っていないためそのまま帰路に着くと、肩を並べて歩いていた友人が突然そんなことを言い出した。
「なんで?」
「これといった理由があるわけじゃないけど、何か雰囲気が柔らかいような気がして」
「ふーん、自分じゃ分からないな」
渡とは小学校からの友人で、まぁ短くはない付き合いではある。
こうして偶に、僕自身気付いていなかったようなことを言当てる。
昔から洞察力とか観察力といったものに関しては人より抜き出てる奴だったけど、その内考えてることとかまで当てるようになるんじゃないかと思う。
「否定しないってことは心当たりあるんだ?」
「一応ね。渡はさ……TELって知ってる?」
「そりゃ知ってるよ! 僕もキング・カズマのファンの一人なんだから。僕が見付けたのは割と後になってからだったけど、かなり初期の頃からカズマの試合見てたみたいだよね」
「ランカー入りする前なのは確かだよ」
「うん。今は消してて確認出来ないけど、最初の日付は2年位前だったと思うし。……で、それに何の関係が?」
「メールしてるんだ、TELの管理人と」
「え…………えぇっ、本当に!?」
「こんなことで嘘吐いてどうすんのさ」
そもそも普通に考えたらそこまで驚くことではない。
OMCのプレイヤーの中には、ファンとチャットやメールのやり取りやオフ会をする人だっている。
とは言っても、『キング・カズマ』はチャットですら時々しかしないけれど。
試合から離れればただの中学生でしかない。そんな池沢佳主馬を知ってるから渡は驚いたんだろうと思う。
僕は、人とあまり積極的に関わろうとしないから。
「それで最近のカズマの試合、凡ミスが減って更に動きに無駄がなくなってたんだね!」
「そう、なのかな」
「そうだよ! 僕も試合を観るのにはそこそこ自信あったけど、やっぱりTELの管理人には負けるなぁ……」
「でも渡の攻略サイトだって、初心者の間ではかなり有名なってるよ」
「そうかもしれないけど、もっと頑張らないと!」
「あの人と比べても仕方ないと思うけどね」
「どうしてさ、目標は高い方が良いって言うし。あ、もしかしてプロの格闘家とか?」
「違うよ、だって女の人だし」
ぴたりと渡が立ち止まる。
僕はそれを気にせずそのまま歩いていたら、数十メートル進んだところで渡が走って追い掛けてきた。
そこで、僕は漸く立ち止まって彼が追い付くのを待つ。
「ちょっと、待ってよ……っ!」
「だから待ってるでしょ」
「そうじゃなくて、え、女の人なの?」
「そんなに意外?」
「意外! 男の人だと思ってたし。ますます不思議になったんだけど、そんな人と何処で知り合ったのさ」
「知り合ったっていうか……」
「まさか……佳主馬からメールした、とか?」
正にそれこれ天変地異の前触れだと言わんばかりに、恐る恐ると聞いてくる。
流石に少し怒りたくなった。
今回については違うけれど、僕だって自発的に見知らぬ誰かにメールすることもある。多分。
「逆。向こうからメールが来た」
「あれ、でも佳主馬メアド公開してないよね?」
「知り合いの人、ほら、夏に長野で会った健二さんから連絡があったんだ。キング・カズマを紹介して欲しい人が居るって」
「それがたまたまTELの管理人だった、と。不思議な巡り会わせもあるもんだね」
「僕もそう思う」
この世に偶然なんてない、あるのは必然だけだ。と言ったのは誰だっただろう。
健二さんが夏希姉ちゃんと一緒に来たのだって偶然だ。
そして僕が健二さんを信頼するようになったのも。
きっと、さんが健二さんと知り合いになったのだって偶然だろう。
彼女がインターネットという広い海の中で、カズマという存在に出会ったことさえも……。
そこまで考えて、ふと気付いた。
カズマを追い掛けるようになった経緯について、彼女からは何も聞いていなかった。
聞かれなかったから言わなかった。単にそれだけかもしれない。
でもキング・カズマに関することは基本的に彼女は自ら全て話してきていたように思う。
どうしてなんだろう。
「ねぇ佳主馬、聞いてる?」
「ごめん、聞いてなかった。何?」
「だからさぁ、その人は健二さんとどういう関係なんだろうねって」
「あぁ、それなら部活の後輩だって言ってた」
「後輩ってことは高校生!? 高校生であの観察眼!」
「中学の後輩って可能性もあるよ」
「それにしても2、3歳しか変わらないってことじゃないか!」
「いや、でも夏希姉ちゃんとも知り合いって言ってたから、やっばり高校生かな」
「うっ、たった3歳しか違わないのに、僕は……」
「だから、気にしてもしょうがないって言ったでしょ」
僕にしたら『3歳も』だけど、渡にとっては『たった3歳』だという。
その時、その人が立っている場所によって感じ方は違うということだ。
そこに居る人の数だけ、考えもある。
僕と渡では、さんに対する位置が違うんだと思う。
それがどう違うのかは、分からないけれど。
「あのさ、佳主馬。折り入ってお願いがあるんだけど」
「駄目」
「まだ何も言ってないのに……」
「言わなくても、予想くらい付くよ。しないからね、紹介なんて」
「分かってるならお願い! ぜひともあの観察力を学び取りたいんだよ!!」
「自分で連絡取れば良いじゃん、TELにメールフォームあったでしょ」
「だって既に知り合いの佳主馬から取り次いで貰った方が警戒されないし」
「さんはそういうの気にしないから」
「へぇ、さんって言うんだ、TELの管理人さん。あ、別に心配かけしなくても、佳主馬から奪おうなんて考えてないからね?」
「……何それ、全然意味分かんないんだけど」
『僕から奪う』? 誰を?
別に僕とさんの関係はそういったものじゃない。
そもそも、『そういった関係』ってなんだ。自分でも分からない。
最初はOMCのプレイヤーとそのファン、という関係だった。
今は……恐らく友人、だと思う。僕はそうだと思っている。
けれど、その言葉に何処かで違和感を覚えてもいる。
今までに居た、異性の友人に対して抱いていたものと違うような気がするから。
彼女に対する感情の全てが漠然としていて、曖昧だ。
「僕とさんはただの友達。渡が考えてるようなことは無いから」
「そうなの? 佳主馬が家族以外の人で、そこまで親しくなるのって珍しいから」
「友達。それ以上でもそれ以下でも無い。第一、僕はさんと会ったこともないし、本名も知らない」
「え、会ったことないのはともかくとして、本名知らないの?」
「さんって呼んでるから、特に知る必要性を感じなかったし。僕も池沢佳主馬とは名乗ってないしね」
という名前しか知らない。
どんな漢字なのか、苗字は何というのか。
そんなことすら僕は知らなかった。
考えてみたら、僕が彼女について知っているのは極僅かなことだけだった。
『知りたい』と思って彼女とメールをしていたはずだったのに、いつの間にかその目的は追いやられていた。
彼女とOMCについて議論するのが楽しかったのもあるけど、これでは本末転倒だ。
何を――知った気になっていたんだろう。
名前なんて聞いたら教えてくれるとは思う。
でも、僕が知りたいのはそういうことじゃないんだ。
彼女はどうして、カズマを追い掛けるようになったのか。
話されないその理由に、何か意味があるんだと思う。
「少し、調べてみようかな」
「さんについて? 聞けば教えてくれるんじゃない?」
「うん。でも、僕は聞いても教えてくれないようなことが知りたいから」
「それって……まぁ、いいや。佳主馬がやりたいようにすれば良いと思うよ」
「ありがとう。そうだ、渡。The Empire of Lightってどういう意味か知ってる?」
「TELの正式名称だね、確か『光の帝国』って意味だったと思うよ。そんなに有名じゃない画家の作品名らしいんだけど、画家の名前は……ごめん、覚えてないや」
「それだけで十分だよ」
手掛かりは『』という名前と『The Empire of Light』だけ。
何処まで出来るかは分からないけど、調べてみよう。
もしかしたら、いつか話してくれるのかもしれない。
けど、どうやら僕はそれを大人しく待っていることは出来ないみたいだ。
(とりあえず、健二さんに聞いてみようかな)