もう何通目か分からない、さんからのメール。
けれども、その晩にさんから届いたメールはいつものものと少し違っていた。
前回のメールへの返信に加えて、もう一つ。
明日の夜、チャットで話したいということが書いてあった。メールではなく、直接話したいことがあるから、と。
何となくだけれど、彼女が今まで語り得なかったことを話そうとしているんじゃないか、そう感じた。
チャットルームのアドレスが添付されていることからもそれが裏付けられているように思う。
恐らく、誰からも覗かれることがないように招待制のものを用事したのだろう。
『知りたい』
それが全ての始まりだったのだから、彼女からの誘いを拒む理由はなかった。
どんなことを話したいのかは分からない。
それをどうして僕に話すのかも。
ただ、少なくとも彼女にとってその話は、あまり人に聞かれたいものではないということだけは分かる。
「明日……全部分かるのかな」
ここ数日で『』について調べて分かったこと。
それらの持つ意味も分かるのだろうか。
++++
翌日、指定された時間に用意されたチャットルームへとアクセスする。
そこには既に『』が居た。
『実は、来てくれないかと思ってた』
<どうして>
『それは……ううん、来てくれたから、言わないでおく』
<言いたくないなら追求はしないよ。それで、話したいことっていうのは?>
『私が「カズマ」を追い掛けるようになった理由、かな』
<それだけじゃないよね>
『うん……それに関係するんだけど、私の昔の話と今の話』
どうやら、予想は当たっていたらしい。
さんは全てを話すつもりのようだった。
けれど、どうして今更話すことにしたのだろうか。
疑問は尽きない。
<なんで、僕にその話を?>
『それも全部、話を聞いてくれれば分かると思う。一つ言えるのは、カズマくんに聞いて貰いたかったから』
<なら、どうして今になって、このタイミングなわけ?>
『それは、私が悩んでたからかな。でも、昨日漸く決心が付いた。だから話そうと思ったの。
とは言っても、一人で決めたわけじゃなくて、小磯先輩と佐久間先輩に相談に乗って貰ったけど。本当はね、最初から話そうと思ってたんだよ』
<最初から?>
『そう、カズマくんにメールをした時から。話すつもりだったの』
<話はその前から始まるってこと?>
『うん。かなり長い話になるけど、聞いてくれるかな?』
<いいよ、今日はそのつもりで来てるから>
『ありがとう。じゃあ、始めるね。
もうずっと小さい頃から、私は絵を描くのが好きだった――――』
絵を描くことが好きで、それは小学校に入ってからも変わらなかった。暇さえあれば絵を描いている。だから、写生大会等でも常に優秀賞を貰ってたんだ。
そうして小学校六年になった頃、せっかくだから学校内ではなく全国レベルの賞に応募してみないかって、美術の先生から言われてね。賞には興味は無かったんだけど、もっと大勢の人に私の描いた絵を見て欲しいと思って、私はそれに参加することにしたの。
結果は、優秀賞ではなかったけど審査員特別賞を貰えた。参加する前は、賞なんて気にしてなかったけど、誰かから自分の作品を認めて貰えたってことで、凄く嬉しかったのを覚えてる。
そんな時に、ある誘いがあったの。それは、当時から開発が進んでいた最新システムのデザインチームに参加しないかというものだった。賞に応募した私の作品を見てね、それがデザイン部門の責任者の人の目に留まったんだって。
私はまだ小学生だったから両親は当然反対した。でも、私はやってみたいと思ったの。チームに参加すると言っても、正式社員というよりも契約社員のようなものだったこともあるし、世界規模のシステムだったから当然他にもデザイナーの人は沢山居た。
一つの決まった形式じゃなくて、様々な年代のデザインを使うことで多様性のある新しいものを作りたいということだったみたいで。優秀賞を獲得した人じゃなくて、私に声が掛かったのもそれが理由だったんだって。だから、私もその大勢の内の一人に過ぎなかったから、そんなに負担は大きくないってことだった。
それでも両親は反対していたんだけど、私がどうしてもやりたい、と言ったら納得してくれた。そうして、私はデザインチームに参加することになった。
次の年から、デザインが正式に始まった。
仕事自体は大変なものじゃなかった、一ヶ月に指定されたデザインを描いて送るだけだったからね。学校の方もあるから、量もそんなに多くはなかったし。
でも、そうして描いたものが採用されるとは限らない、求められてるものと違う場合もあるからね。その為に大勢のデザイナーが居るのだし。採用されるかどうかは、一ヶ月に一度参加する会議で報告された。
モチーフも無いものを描くことに、最初は当然戸惑ったよ。責任者の人が、優秀賞の人じゃなくて私を選んだことにはそれなりに意味があると思ったから。私らしさというものをどうやって出していけば良いかも分からなくてね。それでも、何枚も描いている内に、どういうものが求められているかが段々と分かるようになってきた。採用される回数も少しずつ増えていった。
学校から帰ってからデザインの仕事をする、そうやって一年が過ぎた頃、システムに必要なデザインは大体完成させることが出来たという連絡を貰った。
そして最後に、システムの中心となる建物のデザインに取り掛かることになった。一年間での功績を認められて、私もそのメンバーに参加させて貰うことが出来たの。
丁度春休みだったこともあって、私は毎日デザイン部門の方に通って、他のデザイナーの人とも意見交換をした。細部の決定や着色を決める作業は、意見が纏まらないこともあったけど、でも、とても楽しくて充実してた。
最終デザインは三週間を掛けて終了し、後はシステムの始動を待つばかりになった。
これで終わりかと思うと、やり遂げたっていう気持ちと寂しい気持ちがあった。これで仕事も終わりなんだって思ってた。でもね、必要なデザインはこれで終わりだけど、システムが始動してからも折に合わせて細かいデザインの仕事はあるから、って言われたの。あぁ、まだこの仕事が出来るんだって安心した。
そして、問題は2年経った頃に発生したの。描けなくなっちゃたんだよね、私。
全く描けないわけじゃないの。ただ、何を描いても、何処かで見たようなものにしかならなかった。描き方を変えたりしてみたけど、それでも同じ。何枚描いても、そこに「私」が無かったの。求められてたのは新しいスタイルだから、それじゃ駄目だった。
ずっと休まずに描いてたからだろう、って責任者の人が1ヶ月休みをくれたの。少し休んだらきっとまた描けるって私も思ってた。でもね……1ヶ月後には、悪化してたの。今度は本当に何も描けなかった。「私」らしさを意識すればする程、どう描いたら良いか分からなくなって、鉛筆を握っても何も思い浮かばない。リハビリに描こうとした静物画ですら、何処から描いたら良いか分からなかった。
だから、逃げたの。
いつまでも白いままの紙に向き合うことが怖くて、私は逃げ出したの。
責任者の人は責めなかったよ、まだ中学生だったからかな。そういう風に甘く見られているのは嫌だったけど、その代わり、引き止められもしなかった。でも、辞職じゃなくて休職扱いという形にしてくれたけど。私は辞めてしまっても良かったのにね。
カズマくんに会ったのはそんな頃だった。ずっと好きだった絵が描けなくなってしまって、白い紙を見るのも嫌になってしまってた。全てがどうでも良くなっていた頃。
そんな私に、カズマくんは目的をくれたの。逃げ出してしまった私と違って、逃げずに何度でも立ち向かうカズマくんの姿が眩しかった。その心の強さに憧れたの。
これが、カズマくんを追い掛けるようになった理由。
でも、今は少し違う考えを持ってる。小磯先輩に怒られちゃったから。それについてはまた今度話すね。
そうして逃げていたんだけど、今年の夏にあった出来事を見てね、前に進もうと思ったの。「その時」が来たんだって。だから、もう逃げないで頑張ろうって決めた。
もう一度、絵に向き合う決心をしたの。
これで全部。カズマくんにこの話をしたのは、知っておいて欲しかったから。
ここ2年の私はカズマくんの御蔭である。嫌なこと言うようだけど、もし、カズマくんに出会ってなかったら私は今生きてなかったと思う。
だからこそ、伝えておきたかったの。停滞していた間の私を支えていたのは、間違いなくカズマくんだから。もう一度、私が始める前に、貴方の存在で救われた人が居ることを伝えておきたかった。
多分、私はもうカズマくんの試合を追うことは出来ないから。それが、少しだけ寂しくてね。こんな話をされても迷惑かもしれないけど、それでも伝えたかったの。
ありがとうって。
(知りたかったことの答え。彼女の話しを聞いて、全てが繋がった)