四十九日法要が全て終わり、場は御斎へと移ることになった。
既にくつろいだ様子の弔問客が大勢居たことから、思わず入るのに躊躇ってしまう。
法事に参加していた人が全員居るわけではなく、当然帰った人も居るのだろう。
それでも、これだけの人数が入れる空間がある陣内家には恐れ入る。
佳主馬くんと会うことが出来たのは嬉しかったが、やはり自分が場違いである感は拭い切れない。
学生の弔問客が珍しかったのか、中には声を掛けてくる人も居た。
けれども、会話の始めにまず聞かれるのは栄さんとの関係で、その時に私が答えられるのは「一度だけ電話で話した」ということだけだった。
私には相手が望むような話は出来ないと気付いてからは、声を掛けられても軽い会釈を浮かべてを遣り過ごすようにした。
そうしてなるべく目立たない場所に移動し、そこに腰を落ち着けたところで漸く少しだけ気を抜くことができた。
改めて思い知らされた。
此処に居るのは栄さんと多くの思い出を共有している人ばかりだ。
そういった意味でも、やはり私は場違いなのだ。
だからと言って、直ぐに帰ることは出来ない。
今居るのは長野県であり東京からは遠く離れた場所だから、今から帰るとしたら深夜を回ってしまう。
未成年をそんな時間に返すわけにはいかないということで、今日は此処に泊まらせて貰えるようにチーフが取り計らってくれたのだ。
それなのに、勝手に帰るわけにはいかなかった。
だからなるべく誰の邪魔にもならない場所へと移動してきたというのに……なんでこっちに向かって来る夏希先輩と小磯先輩が見えるのだろう。
「ちゃん、こんなところに居たんだ」
「皆さんと話せるような話題も無いですし、それなら隅っこに居た方が良いかなと思ってたんですけど」
「そうなの? でも、一人で居てもつまらないでしょ、一緒にあっち行こう」
「え、だから夏希先輩、私の話聞いてました?」
どう考えても話を聞いていなかったとしか思えない夏希先輩は、私の手を取るとそのまま上座の方へと歩いて行く。
上座と言えば目上人、もしくは主座が居る場所だ。
そんなところへどうして私なんかが連れて行かれているのか。
救いを求めるべく小磯先輩の方を見るが、眼を合わせてくれる様子は無い。
どうやらこの手を引いている人に自分で聞くしかないようだった。
「あのー夏希先輩? なんで私は連れて行かれているんでしょうか?」
「ちゃん一人で来てるみたいだし、それに皆がちゃんに会いたいって言うから」
「その……『皆』っていうのは?」
「陣内家の人達だよ。ちゃん、夏希先輩と屋敷中歩き回ってたでしょ? それであれは誰だったのか、って話になって」
「ちゃんのこと話したら連れて来なさいって言われたの」
「でも、ご家族の集まりに部外者の私が参加しても良いんでしょうか?」
「それを言ったら僕だって部外者だよ」
「小磯先輩は別ですよ。家族みたいなものだって、夏希先輩も言ってましたし。でも私は……」
そろそろ上座に辿り着いてしまうというところで、手を引く先輩の力に逆らうようにその場に立ち止まる。
いきなり陣内家の方々に会うというのは抵抗があった。
心の準備が何も出来ていないということもあったが、何よりも今日は栄さんの四十九日なのだ。
そのような日に、栄さんとの関わりが薄かった自分のような人間が加わって良いわけがない。
先程から嫌という程に痛感させられたこともあって動けなくなった足元に視線を落として俯いていると、肩を叩かれた。
軽く数回叩かれたそれは、まるで『落ち着け』と言ってくれているようで。
ふっと顔を上げると、少し下からこちらを見詰める佳主馬くんの顔があった。
「そんなに気にしなくても良いんじゃないの」
「あれ、佳主馬くん。どうして此処に?」
「遅いから様子見て来いって。来て欲しくないと思ってるならそんなこと言わないでしょ」
「それは、確かにそうかもしれないけど……」
「佳主馬くんもこう言ってることだし、ね」
佳主馬くんの後押しがあったからか、先程よりも強い力で引いた夏希先輩の勢いに負けて上座へと引っ張り出されてしまった。
突然乱入してきた人物に、当然ながらその場に居た人々の注目が一斉に向けられる。
「おっ、その子がさっきの話の子かい?」
「そうよ、ちゃん。久遠寺高校の1年で健二くんの部活後輩」
「中学生からOZのデザインやってたんだって? 凄いな」
「うちには中学生でOMCの世界チャンピオンが居るけどね」
「ははっ、最近の中学生は凄いな」
「って言うほどの歳でもないでしょ」
「その佳主馬とも知り合いなんだってね」
「そうそう、キング・カズマの試合の考察してるって話」
「昼間、夏希と走り回ってたのも佳主馬探してたからなんだって」
「へぇーなるほど」
大勢の面々に囲まれて矢継ぎ早に言葉を浴びせられたことなんて最近はほとんどなかったから、思わず助けを求めて隣の小磯先輩を見上げる。
どうやら今度は言いたいことが伝わったらしく、盛り上がる場を一先ず納めてくれた。
その後、夏希先輩に陣内家の面々の紹介をされたけれど、何しろ人数が多い。それに緊張していたこともあって、ほとんど記憶に残らなかった。
緊張が解れたのは自己紹介を終えてから随分経ってからで、その頃になって漸く栄さんのことや陣内家のこと、そして夏希先輩や佳主馬くんの幼い頃の話を尋ねられるようになった。
陣内家の人との会話は楽しくて、上座側に来ることを拒んでいた「栄さんの四十九日」という理由さえも思わず忘れそうになるほどだった。
それはきっと陣内家の人が誰一人としてそのことを気にしていなかったからだと思う。
栄さんが亡くなってしまったことを誰よりも悲しんでいる筈の陣内家の人々が、それを感じさせないくらいに明るくいつも通りであったから。
だからこそ、私もあれ程までに感じていた「場違い」を気にせずに済んでいる。
しかし、そんなことを考えていられたのは此処までで、不意に投げ込まれた爆弾とも言える話題によって私が抱えていた不安は残らず消し飛ぶことになった。
「それで、君は佳主馬くんの恋人なのかい?」
「…………え?」
万作さんに聞かれたことの意味が分からなかったわけではない。
それでも、あまりにも思ってもみなかった質問だったから、何と答えるべきかを考えるのに時間が掛かってしまった。
その間に、この話題に興味を引かれたのか陣内家の人々が周囲に集まり、気付いた時には再び最初と同じような状況になっていた。
「だって佳主馬くんと随分と打ち解けているようだったじゃないか」
「そういえば、誰か様子見に行って来て、って時も佳主馬が自発的に行くって言い出してたわね」
「あの佳主馬がねぇ」
「今日が初対面だって言うわりには、随分と仲が良いんじゃない?」
「どうなんだ、佳主馬」
「師匠まで変なこと聞かないでよ」
「否定はしない、ということは認めるってことか?」
「あら、そうなの? それなら佳主馬、母さんにも言ってくれないと」
「違うから、勝手に話を進めないで。ちょっと健二さんに夏希姉!! 黙ってないで助けてよ」
「えーだって私もそうじゃないかな、と思ってたし」
「僕も詳しい事情は知らないから……」
いつの間にか夏希先輩や小磯先輩まで集まって来ていて、佳主馬くんも親戚の誰かに無理矢理連れて来られたのか直ぐ近くに座っている。
本人を目の前にしていては、ますます何と答えれば良いのか分からない。
そうして私が完全に黙り込んでしまっているからか、やはり身内の方が聞きやすいからかは分からないが、今や質問の矛先は全て佳主馬くんへと集中していた。
頼みの綱であるはずの夏希先輩と小磯先輩も事態を収拾する気は無いらしく、話の流れは完全に「二人は恋人だ」ということになりつつある。
「中学生の佳主馬に先越されるなんてねぇ」
「夏希には健二くんが居るし、翔太も頑張ったら?」
「二人には言われたくねぇよっ! あと、俺はまだアイツのこと認めてねぇっ!!」
「だから……彼女じゃないって。さんからも何か言ってやってよ」
「え、あぁ、うん」
何とか訂正しなければとは思うけれど、口を挟む隙が見当たらない。
どうしたものかと考えあぐねていると、タイミング良く佳主馬くんが話を振ってくれた。
私と恋人だなんて誤解は、きっと佳主馬くんにとっても不本意に違いない。
そう思うと何が何でも訂正しなければいけない気持ちが強まり、ぐっと手を握り締めることでその決意を固める。
「あのっ、私と佳主馬くんはただの友達ですから」
「そうなの?」
「振られたなぁ、佳主馬」
「それに、私なんかが佳主馬くんの彼女なんて……もっとお似合いの人が居ますって」
「ふーん、じゃあ貴方の気持ちはどうなの?」
「私の気持ち、ですか?」
「そう。佳主馬くんのことどう思ってる?」
先程までのやり取りで疲れ切ってしまったのか、佳主馬くんは最早何を言われても反応を返さなかった。
言い返すだけ無駄だと思ったからかもしれない。
それなら、とばかりに女性陣はターゲットを私に切り替えたらしい。
別に隠すようなことは何もないのだから、正直に話して一刻も早くこの話題を終わらせるのが一番だろう。
「えーと、佳主馬くんのことは尊敬してますし好きですけど、でもそれは憧れっていうか」
「恋愛対象ではないってこと?」
「そう、なりますね。何より、今日が初対面なのでそういうこと考えたことも無かったですし」
「なら、今後はその可能性があるってこと?」
「それは……」
「それは?」
「まだ分かりません。今後どうなるか次第ですね」
思ったままを答えていたら、はぁーっと盛大に溜息を吐かれてしまった。
期待と違う答えで申し訳ないけれど、これが今のところの正直な気持ちなのだから仕方ないと思う。
「ま、それもそうよねぇ。今はこんなチビだけど、もしかしたら成長期迎えて佳主馬がめちゃくちゃ格好良くなるかもしれないし」
「いえ、そういう外見的なことではなくて……」
「とりあえず、脈はあるってことでしょ。良かったわね、佳主馬」
「勝手に言ってれば」
その後、万里子さんの一声によって解放して貰えるまで、暫くこの話題は続いた。