asleep
貧乏くじを引かされる羽目になるのは、それこそ初めから分かりきっていたことだった。にも関わらず、オレがあいつらの諸国漫遊に付き合っていたのは、親父にそうしろと言われたからに他ならない。でなければ、誰が好き好んであんな面倒事しか引き起こさない二人に付き合うだろうか。
あの頃のあいつは、選定の剣を抜いたとは言え、ただそれだけだった。それも当然だろう。いずれ必ず現れると人々が期待して、待ち望んでいたのは、先陣を切って卑王ヴォーティガーンと戦う偉大なるウーサー王の正当なる後継者だ。女みたいなひょろい身体つきのガキじゃない。いくら王の証である剣を抜いたという事実があれど、マーリンが認めようとも、上に立つ存在として騎士やそれを束ねる諸侯どもに諸手を挙げて歓迎されるなんてことがあるわけもない。
だからこそ、重みが必要だった。確かにあれこそがペンドラゴンの後を継ぐものであると、納得して、受け入れられるだけのものを手に入れる。あの旅は、そのためのものだった。そして同時に、生まれ育ったあの町しか知らないあいつが、ブリテンを真の意味で知るためのものでもあったんだろう。この地がどのような場所であるのか、今がどんな情勢であるのかなんてことは、親父とマーリンからそれこそくどいくらいに聞かされていたに違いない。知識にすぎないそれらに、守るべきものを理解させるために体験を付与させる。目的は大方そんなところだったはずだ。そんなことしなくてもあいつは己のすべきことをよく弁えていたのにな、馬鹿みたいに真面目なことが取り柄だったんだから。
まあ、結果としてあいつにとってもあの旅は悪くない時間にはなったんだろう。諍いがあれば首を突っ込んで、面白がったマーリンが事を大きくし、こっちが尻拭いをさせられる。大半はそんなことの繰り返しだった。それでも最後には人々に笑顔と感謝を向けられる。そんなもので、と思うが、あいつはそんなものが良かったのだろう。
オレとしては、あの時期のことは思い出したくもない記憶ばかりだ。だが、あいつらについて旅をしたことで、女の手を取る機会は増えた。そのことについては、数少ない良かったと言える点だ。どうしても狭い町では行動が筒抜けになる。騎士の習わしである"愛の僕"――たった一人の心の愛人なんてものは性に合わず、一夜限りの相手を求めたオレにとって、一所に留まるというのは無用の面倒事を招きかねない環境だったからだ。もちろん旅先でも後腐れのない女を選んでいたから、名前も思い出せない相手の方が圧倒的に多い。身体つきがよくて、美人で、おまけにいい声で鳴く女なんてのは、そうそういるもんじゃない。
だからというわけでもないが、その女のことは今でも印象に残っていた。別に未練、なんて大層なものはない。あれは記憶に残るだけのものをオレに与えた。それだけのことだ。
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その町に到着したのは予定よりも大幅に遅れてのことだった。なんのことはない、途中であいつがいつもの寄り道をしただけだ。元々この旅に予定なんてものは存在しないと言ってしまえばそれまでだが、少なくともその日に寝泊まりする場所についての予定は朝、出立する前におおよそ決めてはいる。その予定から外れたのであれば、遅れた、という表現もあながち間違いではないだろう。野営に抵抗はないが、きちんとした寝床で休めるならそれに越したことはない。
「さて、それじゃあここらで自由行動としようか」
「そうですね、宿も決めましたし、問題ないでしょう。こちらには何日か滞在する、ということでしたよね?」
「ああもう、面倒なことは後だ後。町でもなきゃおまえらと離れて行動することもできやしないんだ、いいからさっさとオレを解放しろ」
「もう、ケイ兄さんはせっかちですね。仕方ありません、細かいことについては明日以降に決めていきましょう」
「よーし、それじゃあ許可も出たことだし、美しい花を愛でに一緒に行こうじゃないか、ケイ」
「お断りだ。なんでおまえと連れ立っていかなきゃならん」
「あ、どこに行くんですか」
「決まってるだろ。いい女がいるのは大体飯屋か飲み屋だ。いつも通り、後は勝手にさせてもらうさ」
言いたいことだけ伝えると、二人に背を向けてさっさと歩き出す。後ろから呼び止める声がないことに気を良くしたオレは、少しだけ気を緩めると、目的地を探すことにした。
あいつが選定の剣を抜いてから、今日この日までそれなりの日数が経過した。マーリンがやってきただけであれだけの騒ぎになっていたのだ、目撃していた者も少なくはなかったろう。人の口には戸は立てられない。王の証を持った騎士見習いが、宮廷魔術師と共に旅をしていることは、知られるところには知られていると思っておいた方がいい。これみよがしに喧嘩を売ってくる相手はまだ分かりやすかった。対処のしようなんていくらでもある、とまでは言わないが、ある程度は何とかなる。面倒なのは、表立っては来ない連中の方だ。旅の道中はそういった連中にとって格好の場であり、常に気を抜くことができない状況だった。逆に言えば、こんな町中で暴れ出す馬鹿はそうそういない、ということだ。仮に何か起きたとしても、この規模の町であれば駆けつけることは可能だ。それが分かっていなけりゃオレだってあいつらの側を離れたりはしない。全くもって損な役回りだった。
久々の自由を満喫しながら通りを歩いていたところで、食欲を刺激する良いにおいを嗅覚が捉えた。ぐるりと辺りを見回せば、それらしき飯屋が目に留まる。ああは言ったが、別に飯屋にいい女がいると決まってるわけじゃない。オレが声をかけるような頭のゆるい女がそういう場所には多いというだけのことだ。そういえば、まともな飯もしばらく口にしていない。先に美味いもので腹を満たすのも悪くないか。そう考えてオレは店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
店内は、店の規模に対しておおよそ半分より少し多いくらいの賑わいを見せていた。そこそこの客入りと言えるだろう。給仕をしていた女の一人が目聡く店に入ってきたオレを見つけると、ぱたぱたと駆け寄ってくる。その女はこんな町の飯屋という場所に似つかわしくない、人目を引く顔立ちをしていた。人間離れしているようにも見えるその容姿は場違いに思えてならないはずなのに、身に纏う雰囲気と愛嬌のある表情によって不思議とよく場に馴染んでおり違和感を抱かせない。それに加えて、宮廷の貴婦人のように華奢な身体つき、それでいて出るとこは出ている。まあ端的に言ってしまえば、いい女だった。それもとびきりに。
「お兄さん、見かけない顔ですね。旅の人ですか?」
「ああ。今日この町についたばかりだ。飯のにおいにつられて入った店だったが、いい女もいるときた。どうやら当たりだったらしい」
「お上手なんですね。いいでしょう、男前なお兄さんには一杯サービスしてあげます」
「サービスしてくれるってんなら、オレとしてはあんたに隣に座って酌してもらう方がいいんだが?」
「そうきますか、正直なのは嫌いじゃないですよ。んーでも今はちょっと難しいですね。お店空いてきたらしてもいいですよ」
「へえ。なら待たせてもらうとしようか」
「はいはい。ではご注文をどうぞ?」
お勧めという皿と酒をいくつか注文したところで、忙しなさげに女は立ち去っていった。出された料理は先ほど嗅覚が捉えたものと同じにおいがしており、それらを突きながら店の様子を観察する。この辺り一帯の所領を統べる諸侯の城にほど近いところに位置しているからだろう。この町は物資、人材ともにそれなりに満ちている。森に一歩踏み入れば異民族に命を奪われる危機に日々晒されているような土地とは違っていた。
客が何人か帰ったところで店に余裕が出てくると、女は約束通りこちらのテーブルへとやってきて、ごくごく自然な様子でオレの隣へと腰かけた。断るための方便かと思っていたため、その行動には少し驚かされた。
「てっきり適当にかわされたもんだと思ってたんだが、違ったみたいだな」
「やだなあ、そんな風に思ってたんですか。私はお兄さんとお話できるの楽しみに仕事頑張ってたのに」
「ははは、耳触りの良いことばっかり聞かせてくれる口だな。そいつもリップサービスか?」
「どう思います? お兄さんの好きなように受け取ってもらっていいですよ。ね、それより、お兄さんの話、聞かせてくれません?」
「あんたがその手に持ってるボトルで酌してくれるってんなら、いいぜ」
「もちろん。そのために持ってきたんですから」
にっこりと笑って見せたその姿は、オレが好む頭のゆるそうな女のものだった。
どれくらいそうしていたか。女に乗せられるまま、グラスに注がれる葡萄酒を口にしながら、べらべらとオレ自身のどうでもいいことを面白おかしく語って聞かせ、その合間に口説いていた記憶はあった。口元へ傾けていたはずのグラスの手は止まり、代わりに首が傾いている。気付けば目の前には苦笑を浮かべた女がいて、どうやら少しばかり眠ってしまっていたらしいとわかった。
そこまでの疲労を感じていた覚えはないが、自分で思うよりも疲れていたのかもしれない。肉体的な疲労はともかく、あの二人のせいで与えられる精神的な疲労はかなりのものだ。身体の方が先に限界を訴えてもおかしくはない。慣れた手つきでオレの手からグラスを回収しながら、気遣うような口調で女は言った。
「お兄さん、お疲れみたいですね。今日はもう、お休みなった方がいいんじゃないですか?」
「……つれないこと言うなよ。オレはまだあんたと話足りない」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるんですね。私もまだお兄さんとお話したいですけど、今日はもう、そういう元気もないでしょう?別に逃げたりしないので、明日また来てくださいな」
既に意識の半分は眠りの淵に捕らわれれていたが、女が曖昧にぼやかした言葉の意図を汲み取ることくらいはできた。その言葉から少なくとも、あちらにもその気があったことは伝わってきたから。心底からの言葉がこぼれた。
「ああ、くそ……もったいねえ」
「ほらほら、こんな硬い机で寝ても身体が痛くなるだけですよ。ちゃんとしたところで休んだ方が疲れも取れるんじゃないですか。私じゃお兄さんのことは運べないので、自分で歩けるうちに帰りましょう?」
「あんた、明日もいるんだな?」
「はい、夜にはいますよ。お兄さんのこと、待ってますから、ね?」
「は、商売上手なこった」
「これでも看板娘ですので。それじゃあ、おやすみなさい」
女に送られて、店を後にする。来た道を辿るようにして歩き、宿に戻ってきて、辛うじて二人がまだ戻ってきていないことだけは確認したが、そこまでだった。限界まで身体を酷使した時にも似ている。休息を求める身体に従って、オレは寝台に倒れ込むようにして身を横たえた。
その晩の眠りは、いつも以上に深いものだった。