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目の前には書類の山。一つずつ片付けていけばいずれは完遂することが出来るのだろうが、なにせ量が多い。そして片付けるそばから新たな書類が持ち込まれては積み重ねられていくのだから、作業する人間のモチベーションも低下するというものだ。
ドアの開く音が聞こえ、また増えるのか、と流石のも溜息を吐いた。
「お疲れみたいだな」
「ん……恭介か。終わりが見えない作業を前にしたら私だって疲れもするよ」
「でも、自分が言い出したことだから最後までやる、だろ?」
「会長との約束だからね」
二学期になって生徒会を辞めると決めたが自分から提示した条件。それが現状存在し得る今年度の仕事を全て処理するということだった。年度の途中で役員が抜けることが生徒会の運営にどれだけの影響を与えるかは十分に理解している。それでも我が儘を押し通そうというのだから、条件としては妥当なものだった。
だから、どんなに大変でも彼女は泣き言を漏らすつもりはなかったのだ。ましてや恭介に見られるなど最も避けたいことだ。あの事件を越えて全てが解決した今となっては気にする必要は無いのだが、それでもは未だに恭介に弱さを見せることに抵抗があった。入ってくるのが恭介だと分かってさえいれば、彼女は決して溜息など吐かなかっただろう。
「手伝うって言ってもお前は聞かないだろ? それに生徒会の仕事を俺が手伝うわけにもいかないしな。というわけで差し入れを持ってきた。ほら、口開けろ」
そう言われて反射的に開けてしまった口に放り込まれた何か。舌の上に甘いカカオの味が広がる。
「チョコレート?」
「疲れた時には甘いものって言うだろ。他にもあるから作業の合間にでも適当に食えよ。主に小毬からの提供だけどな」
「その心遣いは嬉しいが書類が汚れると困る。仕事が終わってから頂くよ」
「なら、さっきみたいに俺が食べさせてやろうか?」
ふにっと何かが口に押し当てられる感触。溶けてしまうと分かっているものをそのままにしておくわけにもいかず、は仕方なく先程と同じように口を開く。離すタイミングの遅れた指を唇が掠めた。いや、恐らくそれは故意にやったものだったのだろう。指についたチョコを舐め取る恭介の様子に思わず顔を逸らしたの耳には、噛み殺した笑い声が聞こえたのだから。
「恭介……次にやったら怒るぞ」
「冗談だっての。お前がそう言うと思って個別包装のしか持ってきてねぇよ、それなら手も汚れないだろ?」
「私のことを良く理解してくれていて嬉しいよ」
「じゃあその嬉しさを糧に頑張ってくれ。お前が構ってくれないと俺が暇なんだ」
「どの口がそんなことを言うんだ。私が居なくても、君は理樹達と楽しそうに野球をしていたかじゃないか」
「あの時とは事情が違うだろ。とにかく、俺はお前が終わるまで此処に居る。それくらいは許してくれるよな?」
「はぁ……分かったよ、今日は早めに切り上げる」
こうして恭介が時折覗かせるようになった我侭は、彼の中で起こった変化の1つなのだろう。誰のためでもない、自分のための発言。それに出来る範囲で応えていきたいと、思わずにはいられないのだ。それはきっとだけではなく、他のリトルバスターズの面々も同じ想いなのだろう。恭介にだけ差し入れを預けて共に来ることはしなかった彼らの気遣いを無駄にしないためにも、は一刻も早く作業を終わらすべく右手を動かす。そして左手では、袋から掴み取ったお菓子を口に運ぶのだった。