長い不在
アメリカ―――I2本社
「そろそろ時間だ。荷物はそれだけ?」
「生活に必要な物は向こうに揃ってるから」
「そうだったね。今回は長く引き止めて済まなかった、鮫島校長にはこちらから事情は説明してある」
「月行兄さんが謝ることは無い。これが私の仕事、ペガサス様のお役に立てるなら構わないよ」
「でも、ペガサス様は君が学生としての生活を楽しむことを望んでいらっしゃるよ」
「……分かってる」
「君も今年でアカデミア卒業だ。私達も今年は君のことを呼び出したりはしないと約束しよう。だから、目一杯楽しんでくるといい」
「ありがとう、月行兄さん。それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい、」
+++
太平洋に浮かぶその島にはおよそ半年振りに降り立った。
1学期の途中で渡米をして以来こちらには戻っていなかったので、2年生の間はほとんど学校に居なかったと言っても良い。
本来ならば留年していてもおかしくは無いのだが、無事に進級出来たのは事情を知っている校長がそのように計らってくれたからだろう。
後で御礼に行かなくてはいけないな。
そう考えながらは港から島の中心へと向かう。
『この島に来るのも久しぶりだな』
「そうだね。皆は元気にしてるかな」
『オレが知るわけないだろ。ずっとお前と一緒に居たんだから』
「うん、言ってみただけ」
『そんなに気になるなら、早く行って確かめれば良いだろうが』
「……ライコウってさ、実は優しいと思うんだけど」
『言ってろ』
周囲に人は居ないが、は明らかに誰かと会話をしていた。
の足元にデュエルモンスターズのカードの精霊が存在しており、その精霊こそが会話の相手であると分かるのは限られた人間だけだろう。
『ライコウ』と呼ばれたその精霊の本来の名は【ライトロード・ハンター ライコウ】、【ライトロード】シリーズと呼ばれるカードの内の1枚である。
多少サイズが大きいものの、見掛けは普通の白い犬と何ら変わりは無い。
と最も多くの時間を共に過ごしている精霊だった。
「しかし、今年でもう卒業とはね。この2年間は何をしていたのかという位にあっという間だったな」
『実際、お前がこの島に居た期間は1年程度しか無いからそれも当然だ』
「あぁ、確かに。本当に何もしてなかったわけか、虚しい学園生活だね」
『今年はそうならない為に頑張ったんだろ。アイツ達もそれを約束してくれた』
「一応最後くらいは、と思ったんだよ。せっかくペガサス様が通わせてくれたんだ、満喫させて貰わないと」
『創造主の狙いは、未だに達成されていないようだがな』
「ん? ライコウ、何か言った?」
『いや。それよりお前、今年もその格好で行くつもりか』
「あーこれ、まぁ今更だしこのままで良いんじゃない? 寒いの嫌だし」
肩に下げた鞄以外に荷物という程の物が無かったからか、視界には既に校舎が見えてきていた。
校長には挨拶に行かなければいけないが、先に荷物を部屋へ置くことにしたは進路を寮の方向へと取る。
木々の間を縫うように整備された道を歩いた先に見えてきたのは、美しい湖畔に佇む見慣れたブルー寮……ではなかった。
ブルー寮のくせに青くない、むしろ白の面積が多いのでホワイト寮と言った方が良いだろう。
どうしてこうなったのか事情が全く分からない、この半年の間にオベリスク・ブルー寮は無くなったとでも言うのだろうか。
丁度良く、他の生徒を顎で使っている友人が眼に留まったのでは彼に声を掛けることにした。
「おい、そこ! ブルーが斑になってるぞ、もっと気合入れて塗るんだ!!」
「万丈目、何やってんの?」
「見て分からないのか!! 白くなったブルー寮を再び青に塗り直すことで、その誇りを取り戻そうとしているんだ」
「へぇーどうして白くなったわけ?」
「そんなこと、誰でも知ってることだろうが! 大体お前、どうして作業をせずにサボっている!?」
「だって、今来た所だから。久しぶり、万丈目」
「……っ!!貴様今まで何処に行っていた!」
作業をせずに分かりきった質問をぶつけてくる相手を確認しようと思ったのか、それまで青く塗られていくブルー寮を見上げていた万丈目の視線が漸くへと向けられる。
と同時にそれまで以上の怒声をぶつけられた。
そのあまりの煩さに、思わずは両手で耳を塞ぐ。勿論、質問に答えている余裕なんて無かった。
の代わりにその質問に答えたのは、同じように万丈目に話し掛けようとしていた明日香だった。
「聞くまでもなく仕事でしょう、万丈目くん。いつものことじゃない」
「天上院くん、いつから其処に……」
「ただいま、明日香。会いたかったよ」
「お帰りなさい、。今回は随分と長かったのね」
「ちょっと色々あってね。御蔭で今年一杯呼び出しは無しって話になったから良かったけど、半年も明日香に会えなかったのは寂しかったな」
「そうだったの。貴方が居ない間にこっちも色々あったわ、今はその後処理をしているといった所かしら」
二人の再会はまるで恋人のような雰囲気を醸し出しており、直ぐ横に居る万丈目ですら視界に入っていないようだった。
このまま抱き合うのではないか、という危惧を抱かせるものが確かにそこにはある。
アカデミアの女王とまで言われる才色兼備の明日香に思いを寄せる男子は多い。
そんなシーンを見せられたことで意気消沈し、うっかり手が滑る者が居るのも当然だろう。
そうして落ちてくるペンキに気付いたのは、万丈目が最初だった。
「天上院くん、危ない……っ!!」
「あぁっ!!」
『、上だ』
「え、ライコウ、何?」
危険を察知し、落下してくるペンキから明日香を格好良く守った万丈目だったが、反動で彼女が手に持っていたペンキが掛かる。
更に追い討ちを掛けるように、頭からもペンキの入ったバケツを被ることになった。
はというと、ライコウにより落ちてくるペンキの存在を教えて貰って難を逃れていた。
青いペンキを大量に浴びせられた万丈目に色んな意味を含めた同情の眼が集まる。
「そうか、そんなにオレ様を青に染めたいのか。だが、これで心は決まった!」
「明日香、大丈夫だった?」
「私は大丈夫よ。でも、見て分かると思うけど万丈目くんが……」
「ペンキなら洗えば落ちるから」
「そういう問題じゃない!! オレはブルー寮を去る!!」
「え、万丈目ってオベリスクに戻ってたんだ?」
「、気にするべき所が色々と間違ってるわ」
尤もらしいことを言っているが結局はペンキを塗りたくないだけなのだと分かっているからか、立ち去る万丈目を引き止めようとする者は誰も居ない。
そして、現場監督と自称していた人物が居なくなったことで、作業は一時中断されることになった。
その間に、自分が居なかった間にアカデミアに起こった斎王と光の結社に関わる事件についての概要を明日香から説明をして貰ったは、漸く事情を把握することが出来た。
「つまり、ブルー寮は一度ホワイト寮になってしまったから、ブルーの生徒達で青に塗りなおしていると」
「そういうことになるわね」
「分かった、そういうことなら手伝うよ。これでもオベリスク・ブルーの一員だから」
「ありがとう。始業式までには終わらせてしまいたかったから、助かるわ」
「気にすることないって。じゃあ、荷物だけ置いたらまた戻ってくるから」
校長への挨拶は作業が終わってからでも良いだろう。
1年も過ごしていないとは言え、此処が自分の寮であることに変わりは無い。
エリート意識をひけらかすのは好きではないが、オベリスクの青は好きだから。
そう考えながら、はブルー男子寮の中へと入って行った。
斎王事件に関するKCからの報告書の次に鮫島校長はある書類を眺めていた。
今日、アメリカのI2社から本校に戻ってくる予定である一人の生徒。
「この子も今年で3年生ですか。残り1年、ペガサス会長が何を望んでアカデミアに入れたのか、自身で気付けると良いのですが」
。
ペガサスミニオンの一人としてペガサス会長の元でその才能を磨いてきた。
現在はI2の業務の一端を担っている為、年間を通して常に何らかの仕事を抱えているとされる。
カードの精霊を見る眼を持っており、仕事もそれに深く関係していると言われているが詳細は会長自身の手によって隠されている。
性別は女。
しかし、此処――デュエルアカデミアでは男として過ごしていた。