最後の年が始まる日
 が戻ってきてから数日後、デュエルアカデミアは新学期の始業式を迎えた。 今日から正式に達は3年生へと進級をする。 昨年度に実施されたGenexの成績によってクラス分けに幾らか変更があったようだが、大会に参加していないには関係の無い話だった。 しかし、それが友人に関わっているとなれば話はまた別である。 明日香から翔がオベリスク・ブルーに昇格したことを聞いたは、彼を探してレッドへ寮と向かっていた。 翔が居そうな場所と言えば、彼がアニキと慕う十代の居るレッド寮の可能性が高いと考えたからだ。 崖の上に立つレッド寮は校舎からもかなり離れている、始業式の時間もあるからのんびりもしていられない。 そう思って校舎の前を走って横切ろうとした時に、は知っている気配を感じた。

『おい、急ぐんだろ?』
「そのつもりだったんだけど、彼達の気配がした」
『彼達……? あぁ、例の精霊達。人の精霊を気にする前に、お前はもっとオレたちを大事にしろよ』
「いや、仕事ばかりでほとんど決闘してないのは悪いとは思ってるけどさ。ライコウ達とは別の意味で彼達は大切なんだ。そうだな……子どもを見守る親みたいな?」
『お前が親だなんて笑える話だな』
「ペガサス様に及ばないことくらいは分かってる。それでも、彼達だけは別なんだよ」

 ライコウも、がどれだけ彼達を気に掛けているのか知らないわけではない。 ただ、主が自分達以外の精霊を気に掛けるのが、ほんの僅かばかり気に食わないだけだった。 共に過ごしてきた時間はこちらの方が長いが、とあの精霊達との経緯を考えると、カードとしての愛着はあちらの方が上であるように思ってしまうことがある。 彼の性格上それを口にしたことは一度も無いし、これからも無いだろう。 そんな不安を全て飲み込んで、ライコウは主の行動を促す言葉を口にする。

『……で、どうするんだ。行くか?』
「もしも彼達に何かあったなら彼から連絡が来ないわけがない。でも、万が一ということもあるから」
『それならさっさと行くぞ。屋上、だな』
「うん、行こう」

そして、今正に通り過ぎようとしていた校舎の中へと、とライコウは入っていた。



「よっ、。お前何処に行くんだよ? そろそろ始業式始まるぜ?」
「アニキだって僕達が屋上まで呼びに行かなかったら遅刻してたくせに」
「良く言うザウルス」
「十代……」

 屋上へと向かって階段を駆け上っている途中、は十代に呼び止められた。 まだ時間はあると思っていたが、どうやら始業式の開始は直ぐそこまで迫ってきているようだ。 この際、始業式は後回しだ。そんなことよりも確かめなければいけないことがある。 それでも焦る気持ちが無いとは言わないけれど、それよりも今は此処で十代に会った幸運に感謝しよう。 何故なら、彼もまた精霊が見える一人だから。

「翔、今屋上って言った? 十代は屋上に居たってこと?」
「そうだけど、それがどうかしたんスか?」
「あのさ十代、屋上でカーバンクルの精霊見なかった? 紫色で耳が4つあるリスみたいなやつ」
「え、あぁ、そいつなら確かに見たけど……」
「助かった、ありがとう。それじゃ!!」
「それじゃって、先輩、始業式はどうするドン?」
「遅れるけどなるべく早く行く!! あ、翔! オベリスク昇格おめでとう!」

知りたいことを知って早々にその場を走り去ったは知らない、その後に重要なことが話されていたことを。

「あー……行っちゃったドン」
くんって、始業式サボるような子だったっけ?」
「さぁな、何か事情があるんだろ。あ、やべ。にあのルビーって精霊のカードの持ち主の話するの忘れちまった」
「それってさっきアニキが一緒に居た青い髪の新入生のことスか?」
「そうそう! でもま、なら大丈夫だろ。行こうぜ!」
「アニキ……無責任ザウルス」



 十代達と分かれた後、再び階段を駆け上がっていただったが、不意にその足が止まる。 階段は先に続いているものの、その先は行き止まりだったのだ。 校舎の最上階を目指して行けば屋上に出られると安易に考えていたのだが、そうでは無かったらしい。 屋上に出る扉が別の所にあるということなのだろう、しかしその扉が何処にあるのかが分からない。

……お前まさか迷ったのか』
「迷ってない。今まで行ったことが無いから屋上に出る道が分からないだけ」
『それを迷ったって言うんだ。素直に認めろ』
「違う。lost one’s way と言うように迷うっていうのは道を見失うことだ、自分が何処に居るのかは分かってるから迷ってない」
『行き方が分からないくせに突っ走るな。そもそも、こんなに時間が経ってるのに今も屋上に居るわけ無いだろ』
「あ…………そうか」
『真面目な顔して言うお前を信じたオレが間抜けだった。その外見のくせに中身は抜けてるって分かってた筈だったのにな』
「どうせ外見詐欺だよ!!」

 黙っていれば賢そうな少年に見えるその外見は、がデュエルアカデミアで男として過ごすことになった一因でもある。 その見た目に反して、何処か外れた意見や抜けた行動をすることを知っているのは極一部の者だけだ。 勿論、の精霊として常に共にあるライコウが知らないわけが無い。 分かっていても、つい騙されてしまうことがある。今回もそうだった。

「屋上への行き方も分からない上に今も其処に居ると決まったわけじゃない、困ったな……。ライコウさ、ルビーの気配とか分かったりしない?」
『あの精霊達の気配なら、お前の方が詳しいだろ』
「流石にカードに戻ってると分からないから。あの『ルビルビッ』って声が聞こえるなら別だけど……ってルビー!?」
『ルビー』
「おいルビー! 勝手に何処か行くなってさっきも言ったばっかりだろう?」

声が聞こえたと思ったら、探していた筈の精霊はあっという間にの肩へと登ってきていた。 触れることは出来ないが、まるでその頬に擦り寄るように身体を寄せる。 そしてその声を追い掛けるように表れたその青い少年は、が良く知る人物であり、肩に登っている精霊【宝玉獣 ルビー・カーバンクル】のカードの正統な持ち主 ――ヨハン・アンデルセンだった。

「ヨハン!? 何で本校に?」
? 久しぶり、電話では頻繁に顔合わしてたけど直接会うのは1年振りだな!」
「いやその通りだけどそうじゃなくて、何でヨハンが此処に居るわけ?」
「メールしただろう? 今年度はアカデミア本校に短期留学することになったから宜しくなって」
「メール? ヨハン、それいつ送った」
「ん? 正式に決まった日だったから2ヶ月位前かな」
「あー……ごめん。その頃は忙しかったから仕事のメール以外は確認してない。しかも今日までそのこと忘れてた」
「返事が来なかったからな、何となくそんな気はしてた」

 がその仕事の為に忙しいことは知っていたから、返事が来ない可能性も最初から考えていた。 それでも知らせておきたいと思ってメールを送ったのは彼が勝手にしたことだ。 だからが気にすることない、とヨハンは笑ってみせる。 彼はいつもそうだった。全てを笑って許してくれる。 の事情を知っているとは言え、ヨハンだからこそ出来ることなのだろう。 けれどその度には心が締め付けられるような感覚を味わっていた。

「本当ごめん。でもそれなら、ルビーはヨハンと一緒に来たってことか。それなら良かった」
「良かったって何がだ?」
「さっきルビーの気配がしたんだけど、ヨハンが此処に居るわけが無いから。宝玉獣達が奪われたんじゃないかと思って……」
「はは、俺が家族をそう簡単に手放すわけないだろ」
「それは分かってたけど、心配せずにはいられなかったんだよ。宝玉獣達は私にとっても大切だから」
「ありがとな、
『お前達、和んでいる場合か。そんな時間無いだろ』

 今まで黙って成り行きを見守っていたライコウだったが、ヨハンの手がに伸ばされたのを見て不意に口を開いた。 驚いたヨハンはびくりとして手を止める。 その反応にライコウがざまぁみろと満足そうに笑う。 そんな一連の流れに、当のは全く気付いていなかった。

「ライコウ……君も居たのか」
が居る所にはオレも居る。当たり前だろ』
「ライコウ時間って……あぁ、そういえば始業式!! もう始まってる頃か。急ごう、ヨハン」
「あぁ、道案内は頼んだぜ!!」
「やっぱり迷ってたんだ……」

 ライコウが険しい顔で睨んでいるのを感じ取ったヨハンは苦笑を浮かべながら、中途半端に止められた手での肩からルビーを受け取る。 久々の再会にハグくらいは許してくれるかと思っていたが、考えが甘かったらしい。 けれども、時間はこれから幾らでもある。 そう思い直したヨハンは、既に走り出していたの後を追い掛けた。

「そういえば、の着てる制服、男子のものだろ? どうしてそんな格好してるんだ?」
「ミニスカノンスリーブの女子の制服が寒そうだったから」
「随分と、切実で分かり易い理由だな」
「でも、この格好の御蔭でアカデミアでは男ってことになってる」
「はぁ? なんでだよ?」
「色々と誤解が重なったから」
『元はと言えば、が訂正をしなかったせいだろ』
「別に困ることでも無かったし。そういうわけだから、ヨハンも此処では私のこと男として扱って欲しい」
「それは、冗談とかじゃないんだな」
『本当の話だ。お前、これがどういうことか分かってるよな?』
「悪いけど、俺はその程度のことじゃ諦めないぜ?」

 彼を挑発するように念を押すライコウに対して、ヨハンは挑むように答える。 せっかく思いを寄せる彼女と同じ学校に来たのだ。 その彼女が此処では男として振舞っているからと言って、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。 要はが女だとバレなければ良いということだ。 むしろ、彼女が男だと思われている限り競争率が上がることは無い。 そう考えることが出来るヨハンの思考はあくまでポジティブだった。空気が読めないと称されることが多いヨハンは周囲の眼を気にしたりはしないだろう。 それはつまり周りからどう思われることになろうと、彼は一向に気にしないということを意味する。

実はヨハンに限りなく有利な状況であるということにライコウが気付くのは、もう少し先のことだった。
2011.04.23.   top next